egg編集長の赤荻瞳の高校yaの経歴やegg復刊まで|激レアさん

6月13日放送「激レアさんを連れてきた」に出演の赤荻瞳さん。

90年代に若者から大人気だった雑誌eggを見事復刊させたギャル編集長です。

気になる経歴や復刊の経緯、また赤荻瞳さんの中学や高校など学歴からプロフィールについてご紹介したいと思います。

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人気雑誌eggとは?


90年代のギャルブームの中、大人気だった女性向けファッション雑誌「egg(エッグ)」。

1995年に大洋図書から刊行され1999年には50万部を発行。
当時の若者とくに女子高生から支持の高い雑誌でしたが、部数を減らしていった雑誌は2014年5月に発売した7月号をもって休刊となりました。

そのeggが2019年5月、令和になり復刊したことが話題となりましたが、編集長となったのがギャルだった赤荻瞳さんです。

赤荻瞳さんのプロフィール

  • 名前:赤荻瞳(あかおぎひとみ)
  • 生年月日:1996年9月6日(23歳)
  • 出身:埼玉県

ギャルになったきっかけや高校

赤荻瞳さんは兵庫県で生まれ埼玉出身の23歳です。

小学校低学年の頃から安室奈美恵さんやモーニング娘。の影響でファッションには敏感な子供だったといいます。

同級生には運動靴を履いている友達も多い中、当時から厚底靴にギャルの服でおしゃれをしていた赤荻瞳さん。

小学校高学年になると雑誌「egg」に出会いギャルという存在を知ります。

中学生になり渋谷にはおしゃれな人が多く集まると分かった赤荻瞳さんは、高校受験をするにあたり埼玉で一番ギャルがいる高校として「さいたま市立大宮高校」へ入学する為に必死に勉強し見事に高校受験に合格します。

しかしいざ入ってみると思ったようにギャルが多い学校ではなく、また厳しい校則でギャルを思う存分楽しめなかった赤荻瞳さんは1年程で退学してしまいます。

中途半端にしたくないとのことだったようですが、決断力や行動力がすごいですよね。

ギャル生活から編集長へ


ギャルサー(ギャルサークル)でイベントを開催してはお揃いのTシャツを着てパラパラを踊るなど、どっぷりとギャルを楽しんでいた赤荻瞳さん。

eggと同じようにあったギャル雑誌「Ranzuki」では読者モデルとして登場したこともあったそう。

そんな赤荻瞳さんも18歳の頃にはギャルを卒業し赤坂にある会社へ就職しますが、渋谷で働きたいという想いがこみ上げ半年ほどで退職してしまいます。

するとギャル仲間だった先輩から声を掛けてもらい渋谷にあるイベント会社での仕事が始まりますが、ここでeggの編集長となる道が開きます。

egg編集長となった赤荻瞳さん

入社した会社内でeggが復活するという噂を聞いた赤荻瞳さんはすかさず編集長になりたいと立候補します。

まだ社会人としての経験も浅く、もちろん編集長としての経験どころか雑誌編集についても未知の世界だったとは思いますが、egg世代として憧れていた雑誌が復活することへの想いが強かったのでしょう。

そしてなんとその想いが伝わり21歳で編集長に就任することになった赤荻瞳さん。

まず2018年3月にWeb上でeggを復活させることに成功します。

それから翌年の2019年5月1日には念願の紙媒体での復刊を成し遂げました。

Twitterのリツイートが1万を達成したことにより決定となったのですが、その早さは予想以上にあっという間でした。

1号限りということでしたが数か月後の10月1には第2号、そして2020年8月3日には第3号が発売されます。

現在の赤荻瞳さんは?

順調にeggの世界観を広げていく赤荻瞳さん。

その後、YouTubeでは「egg channel」を開設しており、運営するエムアールエーの社長も務めています。

以前のeggとは違い、紙面だけではなく今の時代にあったSNSやインターネットも活用しギャル向けの情報を発信しているegg。

90年代のギャル文化を知らない今の若い世代でも話題となり、今の時代のギャルファッションを楽しまれているようです。
(egg channel URL)


なお赤荻瞳さんは結婚はしていないようですが、彼氏はどうなのでしょう?

彼氏の存在についてはSNSにも出てこず確認できませんでしたが、誰かに写真を撮ってもらっているような場面が多くあります。

もしかしたらいるのかもしれませんね。

最後に

今回はeggを復刊させた編集長・赤荻瞳さんについて書かせて頂きました。

これからも様々な活動を楽しみにしています。

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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